日々是しんく《#8》
「『等価・対価』論〜快感編〜」


コミンズ リオ

ぴーちゃん

THYNK ファウンダー・コミンズリオの日常に溢れる「当たり前」を再考する連載。《#7》では、三十路になりどこに言っても話題に上がるあの人生トピックスについて独自に考えを披露する!

改まってこのようなカミングアウトをすることになると恥ずかしい部分があるが、考えてみればもう、この一連の文章を世に送り出している時点で自分の奥深くに隠れている心の恥部を全て晒け出しているようなものなので、腹をくくろう。中学生のころ、周りの健全な男子が性へのはけ口を河川敷に捨てられてたエロ本や父親が本棚の広辞苑の中に隠しているアダルトビデオへ向けている間に、私コミンズ・リオ13歳はインターネットで「女性の性のお悩み掲示板」を読み耽っていた。21世紀に入ったばかりだったが、ようやくワールド・ワイド・ウェブが一般的な好奇心旺盛な女子高生や欲求不満な人妻の手にも届き、こういった掲示板は、おしとやかで清楚な大和撫子が普段では絶対に口に出せない「セックスでイケなくて悩んでいます。どうすればいいのでしょうか?」といった極めて真面目で赤裸々な投稿とレスポンスに溢れていた。

この類の掲示板には大抵「セックスマスター(笑)」たる、性のことなら全知全能なのではないかと思ってしまうほどあらゆる事象に精通(←うまいw)しているユーザーが数人いて、迷える淑女たちの悩みを解決していた*1。また、このセックスマスター(笑)のうちの数人は独自のウェブサイトを運営しており、我々が普段疑問に思っている性に関するトピックに対し数々のありがたいアドバイスを提供していた。掲示板からの流れでそういったウェブサイトをも閲覧していたコミンズ少年、ある日、衝撃的な投稿を目の当たりにした。「女性のオーガズムは男性の何倍、何十倍も気持ちがいい!」というものだった。

当然だが性経験なぞ全くなく、それどころかAVもさほど見たことなく、体も心も頭の中も文字通り中二だった自分にとって、「女性のオーガズムは男性の何倍、何十倍も気持ちがいい!」という言葉は、正直ただそのまま言葉として覚えた知識以外なんでもなかった。それが「どういったこと」かも想像できるはずもなく、現実味もなかった。ただ、そのコメントに付随しているリンクの記事を読んでみると、一応学術的に、「快感指数」などを測って証明されているらしかった。「これが本当だとしたら」ーーその時思ったのを今でも覚えているーー「なんで?なんで女性のほうが気持ちいいの?同じ人間で同じ性行為なのに、なんでそこに違いがあるの?」

この疑問がきっかけで自分の中で形成されたのが「等価・対価」論である。

まず「等価・対価」の名前と根本のアイデアは、おそらく当時読んでいた荒川弘の漫画「鋼の錬金術師」から取ったのだと思われる。「鋼の錬金術師」の中で錬金術の設定は、必ず「等価交換」をベースに置いて行われていた。簡単に言うと、錬金術を行う時には、モノはなんであれ、インプットされた量・質よりもアウトプットされた量・質が多くなることはできない。錬金術はその「モノ」の形を変えるだけである。なお、主人公の二人は死んだ母親を蘇らせようと、「人間一人分の成分(水、炭素、酸素、etc)」というインプットを錬金術で「母親」というアウトプットに変換しようと試みたが、それだけでは「等価交換」となっておらず(人間には物理的な「成分」以外に「心」があるからという理由)、主人公のエドワードは片足と片腕、弟のアルフォンスは心以外の身体全てを奪われた。

「等価交換」という概念を至って気に入ったコミンズ少年は、真っ先にその考えを女性のオーガズムに当てはめた。「等価・対価」論でいくと、女性の性的快感が何十倍もあるということは、同時にその対価として性的不快感、もしくは何らかの副作用やリスクも男よりも断然多いはず。そう思い考察を広げてみると、それを証明してくれる現象が女性には二つあることに気づいた。「生理」と「妊娠・出産」だ。女性は毎月、どうオブラートに包んでも男性からしてはグロテスクとしか表現の方法がない、「数日間、股の間から血を流し続ける」というサイクルが訪れ(これは押見修造の漫画「ぼくは麻里のなか」を読むとより現実味を増す)、それだけでも十分辛そうなのにさらに鈍痛と情緒不安定さとイライラまで加わるという、もはや「え、これ、なんの罰ゲーム?」と思ってしまうような現象に見舞われる。

さらに、いざ受精し妊娠をしたら、まず身体的には10ヶ月間自分以外の生物が胎内にいるという、ちょっと考えてみるとその不可思議さに頭が回らなくなる状態に入り、そこから今まで好きな食べ物を口にしては嘔吐する「つわり」というこれまた罰ゲームみたいな状態になったり、単純に体が重くて動きにくくなる状態になったり、マタニティーブルーという名前はオシャレなカクテルみたいだけどその正体は一種の鬱状態になったりする。さらに既にときは2017年とあり、社会的にはにほとんどの人が「子供を授かったのは嬉しいけど、私のキャリアは?仕事はどうしよう?保育所はあるかしら?」などといった難題にも直面する。そしていざ出産になると、男なら確実にその痛みで気絶するだろうと言われ、よく比較される例がこの世で誰も成し遂げた事がない「鼻の穴からスイカを出す」という、想像を絶する激痛が強いられる体験を、場合によっては24時間も繰り広げる事になる。

え、これなに?なんてRPG?ウルトラハードモード?0.1%課金ガチャ?まだ魔王を倒して世界を救う方が楽なのでは?と思ってしまうほどのイベントだ。でも、だからこそそこに等価・対価論が当てはまる。飛び込み台からプールに飛び込むのと飛行機からスカイダイビングをするのと、リスクに対するスリルと快感が違うのと同じように、男性と女性が性行為の後に伴う「リスク」とは段違いだ。リスクが大きいと快感も大きいーー言うまでもないがそこに快感が連動している。さらには単に性行為の快感だけではなく、その先には「自分が産んだ子供を育てる」という、人間の人生において他に類をみない幸福感が創造される未来にもつながる。こうやって「等価・対価論」を通して世の中を見始めた瞬間、それまで気づきすらしなかった事象が色々と見えてきた。

例えば、麻薬はなんでいけないのかというと、要するに「等価・対価論」を一定レベルで無視しているからである。簡潔にいうと、麻薬は快感を手にいれるのが簡単すぎるのだ。文献などを読むとコカインはセックスと同じぐらい「キモチいい」と書いてあるが、コカインには妊娠などのリスクがない。ハイが終われば、元に戻っている。ただ、逆にリスクがなく快感を得られるので中毒になりやすいので、一周周って中毒になった状態自体が一つのリスクとなっている。

先ほどの飛び込み台とスカイダイビングの例もそうだが、今回挙げてきたシンプルな例としての「等価・対価」論は、単純にリスクの大きさと後に来る快感の大きさは比例している、と言うことだ。そして性体験に限ったことではなく、例えばそれはずっと準備を進めてきた大きな仕事のプレゼンもそうだし、失敗が許されない決勝戦のPKもそうだし、結婚を決めた彼女へのプロポーズもそうである。それらの達成感や幸福感は、週一の社内会議や週末の町内サッカー大会やサク飯デートへの誘いとはわけが違う。そして上で挙げた麻薬のようにこの法則に当てはまらないもの、もしくは当てはまらないと感じやすいものはどれも危険に溢れている*2。

だからこの文章を読んでいるみなさん、今度何らかの快感を得た時に、一度立ち止まって考えて見ましょう。「何をしたからこの快感を得たんだっけ?」と振り返りましょう。そして男性の皆さん、ちゃんと避妊はしましょう。受け売りだけど、好きな表現。「その7秒の快楽のために、人間二人の運命を変えられる?」。リスクフリーの快感なんてないんですよ…ってあれ、こんなことが言いたかったんだっけ?(笑)*3

【注釈】

*1: おそらく以前だったら週刊文春とか女性セブンとかの淑女のお悩みコーナーに相談役として登場したりしていた女性(勝手なイメージだが外見は夏木マリと杉本彩を足して二で割った感じ)がインターネットと出会い、さらに自由な表現を手に入れたのだろう。憶測でしかないが、そう考える方が自分の中で盛り上がる(笑)。

*2: リスクが感じにくい快感の例を考えていたところ、一つ思いついたのが「権力」。「完全なる力は完全なる腐敗につながる」とよくいうが、権力が強すぎると、周りにはイェスマンかゴマ擦りマンしか居なくなる。この人たちはいつも自分の気持ちいいポイントしか刺激してこないので、「気持ちいい部分じゃない部分」、いわゆる「現実」からどんどん遠のいて行く。リーマン・ブラザーズの会長が倒産・辞任会見の時に「僕は周りの人間から何も聞かされていなかった」と言っていたことをを当時新聞で読んだのを覚えているが、それこそ超リスクに囲まれながらもそのリスクに目がいかず、ずっと快感を感じている究極の状態、極限的な「等価・対価」論を無視した状態だったのではないかと思っている。

*3: ちょっと別エンディングも用意しましょう。うーん、例えば…「とりあえず読者の皆さん、周りにある「等価・対価」が見られる事象、教えてくださいね〜!」…このエンディングもどうかと思うが(笑)

一つの思想、万人の考え。
動画から文章、写真から詩、音楽から漫画まで、様々なコンテンツを集めた「考え」の集合所。その特徴はコンテンツどれもが連載であり、企画だということ。投稿者が普段から問い直したことが、一つの企画として読者に届けられる。一つの思想は万人の考える行為に繋がる。好奇心と知識欲を満たそう!