科学と非科学のあいだ《#5》
「たとえ限られた命だとしても」


遠藤 結万

世界は科学のみで構築されているのか。ITのフィールドにいながら占いの世界でも精進中、遠藤結万が考察する「日常に潜むファンタジー」企画!

レイモンド・チャンドラーは「腕が三本生えている人間が居るなら、それを説明する必要はない。そこから何が起こるかを書くんだ」といった言葉を残している。これは実に至言だと思う。我々の人生には時々、腕が三本生えるようなことだって起こりうるのだから。時に理由もなく。

カズオ・イシグロの著作「わたしを離さないで」は、それに忠実に従った小説と言える。この小説は、移植を前提とするクローンたちの生涯を綴った作品だ。しかし、なぜクローンが存在し、彼らが当たり前のようにその運命を受けいれ、そして死んでいくのかは全く語られない。

そこにあるのは、ある意味ありふれたと言ってもいい日々の生活である。

物語の中盤まで、彼らが臓器提供を義務付けられていることは語られない。ただひたすら「ヘールシャム」と呼ばれる孤児院のような施設での日常が淡々と語られる。

そしてある日、突如ルーシー先生から、主人公の「キャシー・H」は、真実を告げられる。あなた達には将来はない。夢は叶うことがない、と。

しかし、そこから再びキャシー・Hは、人生を生き始める。

不思議なもので、ヘールシャムという場所は、極めて残酷でありながら、とても美しい場所として描写されている。クローンを育てるための場所でありながら、同時にそこをよりよく、その人生をより良いものとしようとした「マダム」の奮闘。それでも決して変わらない「提供」の運命。

もちろんこれは、我々の人生そのものを描いている。制限された中での最善。「もっとひどく」なり得た可能性。

しかし、本質的な命の尊さや、世界の構造には決して踏み込まない。

その意味でこれは、世界の構造そのものに踏み込んだ、「風の谷のナウシカ」や「A.I.」、あるいは「ターミネーター」のような作品とは違う。

しかし、だからこそこの作品は美しい。多くの場合、社会の構造そのものに我々は踏み込むことが出来ないからだ。

我々の社会を取り巻く構造は、極めて強固である。例えば、村上春樹が言ったように。

「高くて硬い壁と、壁にぶつかって割れてしまう卵があるときには、私は常に卵の側に立つ」

そう、壁がどんな正しかろうとも、その卵がどんな間違っていようとも、私の立ち位置は常に卵の側にあります。何が正しくて何が間違っているか、何かがそれを決めなければならないとしても、それはおそらく時間とか歴史とかいった類のものです。どんな理由があるにせよ、もし壁の側に立って書く作家がいたとしたら、その仕事にどんな価値があるというのでしょう。

我々は多くの場合世界の構造を変えることは出来ない。我々に出来るのは、精々自分たちの小さな殻を守って、必死に生きていくことである。

それは、ある意味では敗北を決定づけられた戦いかもしれない。

我々は最終的にはこの世界に破れて、生と死の定めに取り込まれていくからだ。しかし、その中で我々は戦わなくてはいけないのだ。

占いや占星術というのは、一見世界の構造そのものであるようにみえる。つまり、そこにあるのは、我々の力ではどう頑張っても変えられないものを認めた上で、運命を知るというものだ。ホロスコープでは、生まれた時間が一時間変わってしまうだけで、運命がまるごと変わってしまうと信じられている。

しかし、占いの素晴らしいところは、それを信じるべきか選べるということである。たとえどんなに酷い運命であろうと、我々はそれを信じるかを選べるのだ。

それは残酷なのだろうか?いや、そうではない。世界がそもそも残酷なのだ。

生まれたところがたまたま戦乱に巻き込まれただけで飢餓に苦しみ、命を失う。あるいはたまたま裕福な白人家庭に生まれただけで何不自由なく「世界を変える」と厚顔無恥な夢を持てる。

この残酷な世界の中で、避けられない運命をもう一つばかり背負ったからと言って、誰がその人を責められるのだろうか。

占いとは「変えられない定め」を見つけるものだ。それは、ある意味ではまやかしであり嘘かもしれない。しかし、それは世界が残酷な時に一つだけつける、優しい嘘なのだ。

占いは嘘かも知れないが、「努力すれば夢は叶う」もまた、嘘である。どちらのほうが残酷な嘘なのかの答えを、僕はまだ見つけていない。

何か大事なものをなくしてさ、探しても探しても見つからない。でも、絶望する必要はなかったわけよ。だって、いつも一縷の望みがあったんだもの。

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